人生を語る財布~黒光りのキズ~ Episode 3
クラフトマンとしての誇り
私はやがて、埼玉県で「旅とオートバイ」がテーマのショップを一人で開店することになった。旅用にバイクをカスタムすることを得意とした店だ。
ありがたいことに、テーマに共感してもらえるお客さんも徐々に増えて仕事も忙しくなっていった。そして、仕事を手伝ってくれるという救世主も度々現れた。しかし私は、寛容力が無くうまく関係は続かず、最後は結局一人になった。
この頃、師匠から指南を受けた革製作も本格的にはじめバイク用キーホルダーを設計した。さらには、私が使っている二つ折り財布を見て「カッコいいから欲しい」と製作したこともあった。
やがて、遠方からの仕事依頼も増え始め、連日連夜の作業が続くことも多くなってきた。
でも、辛いときもあったが「ありがとう」と言われることが私の生きがいだった。
そんな順風満帆な日々が続いた。
人生最大の転落
ある朝、いつものように起きようとすると、突然、右足に強烈な激痛が襲った。
「痛い!なんなんだこの痛さは。」
激痛で立てる状態ではなかった。
診察した結果、右ヒザの「靭帯損傷」だった。
原因は、ヒザをついて連日連夜の仕事。「靭帯に傷ついた」という職業病だった。
立てるようになるまで約一か月。その後はリハビリで様子を見るとのこと。
すぐに仕事が頭をよぎった。
「困った。お客さんのバイクの修理が出来ない。でも自分の代わりが居ない・・・。」
その時、自分が孤独なことに気付いた。
今まで一人がむしゃらに機械と向き合っていて、本当に大切ものを忘れていた・・・。
それは、自分の寛容を磨くことができていなかったのだった。
その瞬間、14才からの嵐のような激流がピタッと止まったように感じた。
「自分はいったい、何がしたかったのだろう。」
同時に頭の中で、走馬灯のように過去の出来事が流れはじめた。
さみしかった幼少期、仕事への執着、友との出会いと別れ、師匠との出会い、寛容のない愚かな自分、そして、ケガ・・・
その時、一気に全身の力が抜け・・
気づくとジーンズに涙が落ちていた。
14才からの激動の23年間。私はドブネズミのようにボロボロになっていた。
「自分はいったい誰の為に生きていたんだろう。」
何度も何度も自分に問いかける。
そしてふと、ポケットに手を入れると「こいつ」が入っていた。
その財布を見ると、真っ黒でキズだらけになっている。
「きたねぇ財布だなぁ・・きたねぇな・・きたねぇ・・・・・」
なぜか、ギュッと胸が締め付けられるようだった。
そして、声を出して泣いていた。
「うう・・なんだ、こいつ、俺と一緒じゃねえか・・・。」
今まで、こんなに泣いたことはあっただろうか。
でも、なぜだろう。その「真っ黒でキズだらけ」の財布は不思議とカッコよく見えた。
そういえば、思い出した。
はじめてお財布屋でミドルウォレットをオーダーしたあの寒い日の事を。
あの白い息を吐きながら内藤と見た、店主さんの財布。
「真っ黒でキズだらけ」だったけどカッコよく見えた。
前に、私が使っている二つ折り財布を見て「カッコいいから欲しい」と言ってた。その意味はこれだったのかもしれない。
こんな言葉が聞こえてきた。
ありのままな自分でいいんだ、と。なんだか財布に教えられたようだった。
それから、時々この財布を見て言葉を思い出す。ありのままな自分でいいんだ、と。
財布との物語
この時、わたしははじめて強い使命感を抱いた。
傷ついた男たちの為に「人生を語る財布」を発信していこうと決意した。
財布を手に入ることが目的ではない。そこから財布との物語が始まること。
長く持つことで人生が刻まれていく。そして、気付いたときにはそれが自信になるってことを…
今、また新たな出発の時。
私は新しい財布でスタートする。今度見るときはどんな思いがあるだろう。楽しみだ・・・
Writer:Hori